はじめに
こんにちは!東京大学学際情報学府 修士1年の吉川 諒と申します。私は2022年の技術職就業型インターンシップにおいて、データマネジメント室(DM室)に所属させていただきました。
データマネジメント室ではLINE全体のデータの管理や適切な利用の啓発、活用の推進を行っており、私はビジネスコンサルティングチーム(ビズコンチーム)という、データ活用を推進するチームの業務を担いました。本ブログでは、DM室の紹介と、インターンシップで得た成果や感想について話していきます。
自己紹介と応募理由
私は現在、東京大学の学際情報学府という大学院に在籍しています。研究分野はHuman Computer Interaction(HCI)で、現在はその中でもユーザブルセキュリティに取り組んでいます。ユーザブルセキュリティは、人間の特性を踏まえた情報セキュリティの考案や、使いやすさと安全性を両立したシステムの開発などを究める分野です。研究テーマとしては、インターネットユーザ向けに、情報セキュリティや情報倫理について啓発する学習システムの提案などを行なっています。
私がDM室のインターンに応募した理由は、LINEという大規模なIT企業でのデータの運用・保守や活用のあり方に触れてみたいと感じたからです。LINEやその関連サービスは多くの人の日常に浸透しており、色々なデータが取得できるように思いますが、当然ながらプライバシーを最優先に扱われます。勿論、アクセス権限などが設定されており、社員でも必要最低限以上のデータにアクセスすることはできません。このように、プライバシー等への配慮と、その上で成り立つデータ活用の両面に触れられるのが魅力的と考えました。
また、今回参加したビズコンチームでは「データを活用した事業成長を支援する」ということを使命としていますが、これは私の研究分野のHCIと似通った部分もあります。HCIは「情報技術を活用して、社会の課題を解決する」ことを使命の一つにしているからです。実際にビズコンチームの業務を体験して、研究に似た面白さがあると感じました。
データマネジメント室とは
LINE社では権限管理や全体規則の徹底のもと、データ活用の民主化を進めています。データマネジメント室ではこの理念に基づき、LINE社内のデータの適切な管理・運用と活用を推進しています。
LINEでは、さまざまな事業で発生したデータが、データ分析のためのシステムに一括で集約されています。データマネジメント室では、データの利用の妥当性のチェックを行ったり、適切な利用を啓発する「守り」と、データの戦略的な活用を啓発したり、各事業のデータドリブンな課題解決を支援する「攻め」の両面を担っています。その中でもビズコンチームは、データの活用を支援する「攻め」の部分を主に担います。社内のコンサルタントとして、各事業を推進するためにデータ分析・活用の面でのサポートを行うとともに、全社的なデータ活用の成熟度を上げるために、啓発コンテンツやプログラムの作成にも携わっています。
インターンで取り組んだ内容
プロジェクトの概要
私は、ビズコンチームの一員として、データを活用した課題の改善を社内に啓発するコンテンツを作成するプロジェクトに携わりました。
データマネジメント室では、データ活用の啓発の一環として、2021年度よりData Voyage Program(DVP)という教育コンテンツを社内に提供しています。DVPでは、データ分析におけるルールや分析ツールの使い方、そして分析事例などが学べます。LINEには多くの部署があり、様々な人が働いていますが、データに触れる機会が少ない業務もあります。また、日頃からデータに触れる人であっても、サービスの結果指標の確認などが多く、データを活用した戦略的な分析を行う機会が少ない場合もあります。DVPを提供することでこの状況を打開し、各事業のメンバーが自らデータを分析し、活用できるようになることを目標としています。
一方で、分析手法やツールの使い方を学ぶだけでは、実データの分析になかなか踏み出せません。この段階では、主に3つの「わからない」があります。
- 何が解決できるかわからない:事業の業績を向上させたいが、どのデータを使い、どの分析を行えば業績改善に繋がるのかわからない。
- 何をしたら良いかわからない:データの取得、加工・処理、分析、結果の解釈、という一連のプロセスの全貌が把握しきれず、行うべき作業がわからない。
- どうすれば良いかわからない:データの分析に関する知識があっても、いざ自分で手を動かすとうまくいかない。結果が出てきてもその数値をどう解釈すればいいかわからない。
これらの「わからない」を解決するためには、具体的な分析事例を見て肌感覚を掴むことが欠かせません。
そこで、データの活用事例を紹介するコンテンツを新たに作ることなりました。DVPには従来より事例を紹介するコンテンツはありましたが、新たなコンテンツでは紹介する事例の内容を増やすとともに、分析の全体像を示すなど、データ分析に不慣れな人にとっても分かりやすい内容にすることを目指します。
啓発コンテンツについて
このコンテンツでは、データ分析に関する記事を提供します。記事は社内のWikiに掲載します。仕事の合間などに読まれることを想定しているため、各記事は1分程度で読める分量に抑えています。記事では一つの分析手法とその手法に対応する事例を紹介しており、分析手法の具体的な活用法がわかるようになっています。
そして、これらの記事の入り口となるトップページは、読者のニーズ(「利用者数を増やしたい」「施策の効果を検証したい」など)ごとに記事を整理し、読者にとって必要な記事が分かりやすく配置されているようなページを目指しました。下の図は、コンテンツの構成のイメージです(一覧ページの構成については現在でも検討中で、ここからさらに変わる可能性もあります)。
取り組んだ内容
1 事例収集
まず、コンテンツにまとめるためのデータ分析事例を収集しました。LINE社内でのデータ分析の事例は、その内容が記録として残されています。一方で、今回のコンテンツとしては内容が多過ぎたり、内部での記録のためその他の読者を想定していないものがほとんどです。そこで、社内のさまざまな事例の要点をまとめる作業を行いました。ここでは、約20件の分析事例を収集しました。
次に、収集した事例の中から記事にするのに適したものを選びます。この際「比較的容易に手を出せるが、事業にとって重要である事例」であることに重点を置いて事例を選択しました。ここで、「すぐに効果が出た」事例であるかは重要ではありません。データ分析は試行錯誤の繰り返しであり、短期的な成果が全てではないからです。今回は、データ分析とそれを受けた改善を持続的に行えそうな事例であるかを重視しました。
2 記事執筆
続いて記事を書いていきます。記事は多様な人にリーチするために「1分で読める」ことを目標にしています。しかし、内容を端折りすぎては参考になる事例紹介とはなりません。そこで、以下の3点を盛り込むことにしました。
- その分析を行う理由。どうしてそのような分析をして、それによってなにが解決できるのかを記す。
- その分析の手順。どのような考えで分析を進めたのか。読者が実際に取り組むときに同じ考えで取り組めるようにする。
- その分析の結果。出てきた結果に対して、どのような解釈をしたか、どういった基準で結果を判断したかを明示する。
これらの内容が盛り込まれていれば、この記事を読んだ人が実際に自分で分析を行うモチベーションにつながると考えました。短い記事ではありますが、要点を盛り込んであるため「わからないところがわからない」という状態を防ぐことができます。そのため、もし不明点があればビズコンチームに問い合わせていただくこともできます。インターンの期間中に、KPI管理に関する記事など3件を執筆しました。
3 トップページのデザイン検討
続いて、この記事の見せ方について考えました。記事の内容を工夫しても、コンテンツ自体に注目が集まらなければ意味がありませんし、今後追加する記事も読み続けてもらうことで初めてデータ分析に関する包括的な理解が深まります。そのため、各記事へのリンクを貼るトップページのレイアウトにも工夫が必要です。
当初このプロジェクトでは、「さまざまな分析手法と事例を紹介する」という点に主眼がおかれており、トップページの草案も、分析手法を全面に押し出した内容となっていました。しかし冒頭に書いたように、データ活用の機会が少ない人が知りたいことは「データを使うと何ができるのか」「データ分析はどんな流れで行うのか」という内容であると考えられます。さらに、社内では分析のためのツールやそのマニュアルはあるものの、データを用いて分析的な見方をするためのコンテンツがほぼ無いため、単に分析手法の話をするだけでは不十分です。
そこで方針を変え、シチュエーションベースの書き方を心がけました。例えばKPIについての記事であれば、「KPIツリーの作り方」ではなく、「事業の状態を数値として把握したい」といった「やりたいこと」の内容をトップページに載せることとします。
ここで課題となるのが、記事の網羅性についてです。分析事例をベースにしたまとめ方であれば、手法の特徴ごとに分類して網羅することができますが、シチュエーション(データ分析を行った背景)については網羅性を上げることが難しくなります。そこで、まず事例を分類するのが良いと考えました。この分類については検討中となっておりますが、私が一例として考えたのが以下の5分類です。
- データで事業の業績を把握する
- 対応する分析:KPI設定など
- データでユーザの性質を推定する
- 対応する分析:デモグラフィック分析など
- データを用いて不調の原因を探る
- 対応する分析:KPIの数値改善など
- データに基づいて施策を立てる
- 対応する分析:セグメント分析など
- 施策の効果をデータで検証する
- 対応する分析:ABテストなど
それぞれの目的に対して複数の分析を行うため、分析手法をきれいに分類することは難しいものの、読者にとっては目的別に探しやすい分類になると期待しています。
4 社内展開の準備
これらの記事を社内に展開します。せっかくコンテンツを作っても多くの人の目に留まらなければ意味がありません。コンテンツの効果を発揮するためには、
- まず記事の存在を知ってもらうこと
- 今後新たな記事を追加していった際にも読み続けてもらうこと
が欠かせません。そこで、まずは新たなコンテンツができた旨を周知する必要があります。この周知は、社内のメールやSlackなどで行うことを想定しています。また、長期的に読み続けてもらうためには、記事を追加するペースや順番などを考える必要があります。順番については、例えば上で書いたような事例の分類から、満遍なく記事を展開することなどが考えられそうです。
さらに、記事についての不明点についての問い合わせを受け付けたり、実際にデータ活用を始めたいと考えた事業部へのサポートを行なったりする体制も重要です。また、記事ごとのインプレッション数なども測定できるので、その結果から読者のニーズや好みを把握して今後の記事作成に活用することなども欠かせません。データ活用を推進する立場として、自らのコンテンツについてもデータドリブンに洗練していくことが重要になるでしょう。
コンテンツの評価については、私の研究分野であるHCIでの知見が活用できるかも知れません。HCI分野では人間にとって使いやすいシステムやプロダクトの開発を目指すことが多く、使い心地の評価のためなどにユーザスタディという調査を行います。ユーザスタディは定性的、定量的な評価に大別されます。定性的な評価としては、ユーザへのインタビュー・アンケートなどが挙げられます。今回のコンテンツの評価としてはアンケートによる解答収集が考えられますが、想定質問をベースに自由な議論を行う「半構造化インタビュー」などの手法もあります。定量的な評価としては、例えばアンケートの5段階評価(とてもそう思う⇔全くそう思わない)を収集することなどが考えられます。この評価は「リッカート尺度」と呼ばれ、評価を数値化することができます。今回のコンテンツとは少し対象が異なるものの、決められた質問にリッカート尺度で回答してもらい、そこからシステムの使いやすさをスコア付けするSUS, NASA-TLXなどの指標もあります。
インターンの期間が終了してしまうため、私はコンテンツの展開には十分携わることができませんでした。今後LINE社内でどのようにコンテンツが広まっていくか、楽しみです。
プロジェクトを経て気づいた発見
私は今回、社内のさまざまなデータ分析事例を収集しましたが、多様なニーズの元でデータ活用が行われていることがわかりました。施策の効果を測りたい、新サービスの広まり方のネットワークを明らかにしたい、など多様な観点からさまざまな分析がなされており、LINEが提供するサービスの多様さも実感しました。既に分析対象となっているデータについて、機械学習を用いて新たな観点で分析を試みた事例などもあり、LINEという会社の特徴といえるでしょう。
一方で、データ活用の全社的な成熟度については、まだ伸びしろがあるとも感じました。特に継続性の面での課題を実感しました。例えば、データ活用の知見に長けた人がさまざまな分析をしていたもののそれが他の人に引き継がれない、一度施策の効果を分析したもののその後のPDCAサイクルが軌道に乗っていない、という事象が散見されました。分析事例自体は多いのに、それが局所的にとどまっているのはとても惜しいことですが、一方でデータ活用の機運を全社に広げるチャンスは十分にあるといえます。今回のプロジェクトで知見を広く共有すると共に、長期的なデータ活用のサイクルをサポートすることで、全社的なデータ活用の成熟度が向上すると期待されます。
今回のコンテンツ作成のプロジェクトは、私の研究分野であるHCIとの共通点も多いと感じました。HCIでは、人間と情報技術の関わり合いについて探求します。HCI分野の使命の一つとして、情報技術を活用して人間の生活を便利に、豊かにするというものがあります。例えば視覚障害者が使いやすいシステムやプロダクトを開発したり、スマートフォンの使い過ぎを抑制するための方法を検討するなど、様々な研究がなされていますが、そのどれもがユーザに対する理解・洞察のもとに成り立っています。ユーザの特性を十分に把握して初めて、情報技術の活用につなげることができるのです。今回のコンテンツ作成では、読者のニーズや社内でのデータ活用の状況についてよく検討することを通じて、読者に適した内容を提供することを目指しました。これはまさに「ユーザの特性を十分に把握する」ことに他ならず、研究と似た楽しさがありました。
具体的には、コンテンツ作成の際のレイアウトや動線の工夫が、研究と似た側面が多く興味深かったです。読者がどういう人で何を求めているのか、目に留まりやすいのはどのようなデザインか、読みやすくするための工夫は何かなど、常に読者のことを考えながらコンテンツの中身を練る必要があります。同じ事例を紹介するのであっても、これらの工夫をした場合とそうでない場合では、効果が全く変わることは間違いありません。実際HCIや人間工学・認知工学などの分野では、Fittsの法則など動作をモデル化する法則や、Normanのデザイン原則など、「使いやすさ/みやすさ」を論理的に考察する研究がなされてきましたし、デザインの分野では基本の4原則なども有名です。デザイン4原則はトップページのデザインに直接的に役立つ部分も多いと感じます。せっかく良い中身であっても、注目して読み続けようと思われなければ真価を発揮できません。人間の特性も踏まえた、洗練されたデザインのコンテンツにすることも、中身と同様に重要と言えるでしょう。
データ活用啓発の今後の展望
今回のコンテンツは、普段あまりデータに触れない人にデータ活用に興味を持ってもらうことを目的として作りました。一方で、データ活用のやり方を知ったとしても、すぐにはデータドリブンな事業変革には結びつかないように思います。というのも、そもそも何らかの目的があって初めて、目的達成の一つの手段としてデータ活用を行うことになるからです。目的を立てるためには理想と現状を把握して、行動できる内容を考えることが必要です。しかし、日常的な業務に追われていてはそのような俯瞰的な現状把握を行う余裕が生まれず、結果としてデータを活用する機会が生まれないことが考えられます。したがって、事業の成長のためには、課題を洗い出して中長期的な計画の立案をするきっかけが必要となるでしょう。
実はビズコンチームでは、この点についても取り組んでいます。ビズコンチームでは、各事業が抱える課題を洗い出したり、それを解決するためのロードマップの策定を支援するワークショップを開催しています。このワークショップは、漠然とした潜在的な課題を拾い上げ、その課題を具体化するまでの流れを体験してもらうものです。この体験を通して、中長期的な戦略を立て、戦略遂行に向けてデータを活用するきっかけとしてもらうことを目的としています。私はインターン期間中、こちらのワークショップの運営準備にも携わりました。
また、将来的には、「どのようなデータが手に入るのか」という点の啓発も欠かせません。今回このコンテンツで提供したのはデータの活用法であり、いわば「料理のレシピ」を提供したに過ぎません。しかし、どんなデータが手に入るのか、という「食材」の部分の理解が少なければ発想が広がらず、データ活用の機会が失われてしまいます。すでにDM室では、どのようなデータが手に入るかをカタログ的に見せるコンテンツの制作を進めていますが、今回制作した啓発コンテンツと組み合わせることでデータ活用を推進させられることが期待されます。
このように、ひとくちに「データ活用」と言っても、実際に有用な結果を得られるまでには大きな壁があります。そして、冒頭にも述べたように適切なガバナンスの元で利用するべきであることも論を俟ちません。社内のデータ成熟度を現状より大きく前進させるためには、啓発のための様々な施策を考え、それらを有機的に繋ぎ合わせて相乗効果を得ることが必要です。データという原石を適切に扱い、真の価値を発揮するために、データマネジメント室の果たす役割は今後もより一層重要になっていくでしょう。
インターンを終えた感想
LINEのエンジニア職のインターン生として、1ヶ月半にわたり実際の業務を担当することは、楽しみであるのと同時に不安でもありました。しかし、毎日1on1のミーティングで相談に乗ってくださったメンターの方をはじめ、チームの皆さんの温かいサポートのもとで無事インターンを終えることができました。本当にありがとうございました。
LINEはサービスの多様さと利用者の多さにより、大量かつ多様なデータを抱えています。しかし、そのデータを適切に扱い、かつ効果的に活用することは容易ではありません。今回のインターンでは、その両方を支援するDM室の業務に携わることができ、得難い経験となりました。データを活用したさらなる発展に、少しでも貢献できたのなら嬉しいです。
また、今回のインターンでは原則テレワークとなっていましたが、四谷にあるオフィスに出社する機会が2回ありました。四谷のオフィスは昨年移転したばかりで真新しく、快適に業務に取り組める環境に加え、ランチやコーヒーが手頃に買えるカフェテリアなどもあり、魅力を存分に味わえました。
今回の就業型インターンでは、日本のスマートフォンユーザの殆どが使っているサービスを運営するLINEという会社に業務として携わることができました。とても貴重な経験でしたので、興味を持っている方は是非参加してみてください!